『Why We Die(ホワイ・ウィ・ダイ) 老化と不死の謎に迫る』 ヴェンカトラマン・ラマクリシュナン (著)

「老後に対する不安」。これは、多くの人が感じている不安なんじゃないかと思う。

貯蓄や公的年金といった老後生活かかわるお金の問題などは、いつもマスコミが取り上げていて、多くの人が関心をもって見ているようです。

ただ、それらの情報のほとんどが、より不安を煽るものになっていて、公的年金に対しての世間の目は、悲観的なものが多いように感じています。

そして、お金に対する不安と同じかそれ以上に感じている老後の不安といえば、『健康』ではないでしょうか?

できれば、自分の人生、「健康なまま死にたい」という願望を持つ人がほとんどではないかと思いますが、現実はそう簡単ではないようです。

日本人の平均寿命と健康寿命の差は、男性では約8.6年、女性では約12年(厚生労働省の令和4年(2022年)のデータ)だそうです。

つまり、ほぼ10年という長い期間を、健康が維持できない状態になって死んでいく、というのが現実的な話のようです。

老後の病気といえば、癌、心疾患、腎臓疾患、認知症、などいわゆる生活習慣病と言われるような病気のほとんどがそれにあたりますが、実はその大きな要因となっているのが『老化』にあるんじゃないかと言われています。

つまり、私たちは年を取って『老化』することで、それが引き金になって病気になり健康を維持できなくなるというわけです。

「『老化』なんて自然に起こる事だから、そもそも防げるようなものじゃないし。」

というのが今までの常識でした。

ところが、最近その常識を覆す研究が盛んにおこなわれています。いわゆる『抗老化研究』、老化を予防し若い時の身体をいつまでも維持し続けらえるようになるための研究です。

そして老化が予防できれば、老化が引き起こす病気にもかかりにくくなると考えられています。つまり健康長寿、ピンピンコロリを実現できるかもしれないという期待が持てるというわけです。

今その研究のために、多額の資金が集まるようになってきていて、最近ものすごい早さで『老化』というものについていろんなことがわかってきているという話です。

本書は、その研究によってわかってきた、「老化とは何なのか?」という話を、生物学および分子生物学的に説明をしてくれています。(筆者は、ノーベル化学賞受賞の生物学者)

細胞や遺伝子、代謝、難しい話がたくさん出てきます。でも、それぞれがよくわからなかったとしても、本書を読むうちに、私たちが当たり前のように思っている、この体の凄さや不思議さを感じずにはいられませんでした。

『老化しない』は、実現できるのか?

結論から言えば、今生きている私たちが、老化しないで生きられるという事が実現されることは、あまり期待しない方がいいという事なんだろうと思いました。

老化を研究し、その結果老化がなぜ起こるのかのメカニズムについては、いろいろわかってきたという話です。

細胞分裂などによっておこる遺伝子の異常、代謝経路の機能低下、老化細胞の増加、年齢とともに体内にたまる不要なタンパク質の増加、などなど。

どうやらこれらによって、老化が進むようになっているらしい。ならば、「これらの問題を解決できれば、老化しないようになるのではないか?」というのが、最近の研究でよく行われているものだそうです。

老化細胞の除去、異常が出た遺伝子の修復、不要なタンパク質を除去する。

そのために、NMNなどを摂取にしてサーチュイン遺伝子を活性化したり、メトホルミンを飲んで代謝経路を正常化させたり、オートファジーやミトコンドリアの機能を活性化させたり、といったことに取り組んでいる人がいるという話でしたが。

ことはそんな簡単な事じゃないという事を、この本を読むとよくわかります。

たとえば、代謝経路の正常化のために何かをすれば、その副作用で他のところに悪い影響が出る可能性があり、それぞれの老化の原因を一つ直しても、今度はその悪影響で別の体の不調が出てくることもあるという、とても複雑な問題だと考えるべきだという話でした。

結局、老化の仕組みや原因がわかったとしても、現実に老化を止めるという意味では、「○○をすれば、老化しない」みたいな、簡単な答えにはならないという事のようです。

老化、もっと言えば私たちの体の中で起こっている現象は、非常に複雑なシステムによって動いている。運動、臓器機能、免疫、消化、代謝、そして細胞、ちょっと考えただけでも、その複雑さにめまいがしてくるぐらいとんでもない仕組です。

そしてそういう複雑なシステムというのは、メカニズムを解明しても、それを思った通りにコントロールするのはとても難しい。

複雑なシステムといえば、地震、天気、経済、政治、いろんなものがありますが、そのどれもが、なぜ起こるのかというメカニズムはわかっていても、自在にコントロールすることまでは今だにできていない。

どうやら老化も、それらと同じ類のもののようです。

もちろん突然大きなイノベーションが起こる可能性もあるので、絶対に老化を止められないというわけではないですが、正直その期待値はかなり低そうだなと思いました。

仮に解決できるのことだとしても、少なくともまだまだ時間がかかる問題だと感じました。

ただ、そういう研究の中で健康長寿のために効果がある方法として、わかったこともある。それは、結局昔から言われている健康法そのもので、「節度ある食事、運動、睡眠」だそうです。

話はとても複雑だったけど、結果的に得られた答えはとてもシンプルなものになったなと思いました。

本書では他にも、健康長寿を実現できるようになったときの、私たちの人生観や社会の問題などにも触れています。いろんな意味で学ぶことが多い本だと思いました。